眠り男に春風

・・・寝汚い。
布団にすっぽり埋まって丸まっている男を、斎藤は溜息と共に見下ろした。

己は強いていうなら朝型だ。許されるなら日が昇ると共に起き、夜は適当な時間に床につきたい。勿論、夜番などに当たってしまえばそうも行かないが、持ち回りでやってくるそれは云わば定期的に遣って来る非日常、例外だ。多少遅く寝ても、次の日の朝はやはり同じ時間に目覚める。
目覚めてしまえばいつまでも布団の中で惰眠をむさぼるということは無い。手早く身づくろいをし、顔を洗って、庭先を回る髪結いに髪を結ってもらい、そうこうしているうちに朝餉だ。

もう結構な時間だというのに、同室の男は起きる気配も無い。軽く片手を布団の上に置き、小山のように膨らんでいる部分をゆすってみる。
布団の中から、うう、とうめき声がした。

「沖田さん、朝だ。」
「・・・。」
「そろそろ起きねば朝飯を食いそこねるぞ。」
「・・・。」

解かっているのだ。この程度で起きる男ではない。
通常なら、朝の稽古に現れない沖田を土方か永倉が力ずくで起こしに来る。毎日、繰り返される茶番だ。
だが、今日はその2人が朝早くから黒谷へ出向いてしまっている。故に援軍、無し。
さて、どうしたものか。
引き続き、揺すってみたり、叩いてみたり、足蹴にしてみたりと思いつく限りの方法を試してみるが、効果はない。時折、人語と思えぬ音が、布団の奥から漏れるだけだ。
布団を引き剥がそうとすると、より一層意固地になって布団にしがみつく始末。
そうこうしていると何かの拍子に、布団の端から片足が出た。その足はしばらく外界の空気を楽しんでいたようだが、春先のまだ肌寒い空気にのそのそと布団の中へもぐっていった。まるで亀だ。

同室という不運を、斎藤は嘆く場所も無く半ば諦めと共に受け入れている。
はあ、という盛大な溜息と共に、斎藤は部屋を後にした。



己を揺すっていた刺激が無くなってどのくらい経ったのだろう。沖田はじんわりと目を明け、半分だけ布団から顔をだした。

「・・・まぶし・・・。」

日は既に高いらしい。
通常なら閉めている障子が、中途半端に開いている。其処から浅春の柔らかな日差しが忍び込んで沖田の顔を照らしていた。おそらく、斎藤が開けていったのだろう。
布団の中の温かさと、庭からすう、と入ってくる冷たい空気の差が心地よい。もう少し寝ていたいなあ、などと言ったら、あの仏頂面も流石に呆れるだろう。そんなことを考えながら、ううう、と唸って寝返りをうつ。あと半刻、いや、四半刻でいい。

その時、何かが沖田の鼻を掠めた。
片目を開けて頭をめぐらしてみると、枕元と障子のちょうど中ほどに、一枝の梅が置いてある。

畳の上にひっそりと横たわる春の兆し。
その向こうにある、遠慮がちな隙間を作る障子越しの庭。
暖かい日差しと梅の香り。
心地よい布団。

「いい季節だなあ・・・。」

沖田は腹ばいに寝転がったまま両肘をつき、片手で首の後ろを掻きながら、寝ぼけた眼でのんびりとその風景を味わう。
同室の無愛想な男は、時折こういった遠まわしなことをする。無粋者と誉れの高い己では旨く言葉に出来ないが、あの男がよこす様々な仕草や言葉は、ある日突然繋がって、思いもよらなかった意味をもたらすことが有る。それはいつだって、何よりも己の胸の奥底へ届いた。
関わって欲しいのか、欲しくないのか。それは未だに解からない。でも、あれは自分で言うほど人嫌いでも、周りが思うほど冷たい男でも無いように思う。
布団から少し這い出て腕を伸ばし、梅の枝を手に取ってみる。その香りが心地よい。目を閉じて思い切り空気を吸い込んでみる。
ふんわり、ふうわり、優しい甘さ。
そうだ、京菓子でも買いに行こう。梅の形の煉り菓子などよいかもしれない。斎藤にもわけてやろう。あ、あいつ甘味は苦手だったか。まあ、いいや。こういうのは、気持ちが大事だ。
つと見つめた梅のその枝に、不思議なものを見つけた。神社の御籤のように、折られた白い小さな半紙が、枝の一つに結わえてある。

「なんだ・・・?」

だらしなく布団の上に胡坐を掻いて、その小さな紙を外す。開いてみたそれには見慣れた愛想の無い文字で、一言。


『昼番』


屯所の一室から、およそ理性を備えた人間の発するものとは思えぬ叫びが放たれるのを、井戸端で汗を流す斎藤は心底呆れた様子で聞く。

「・・・やっと起きたか・・・。」

手のかかることだ。
斎藤は庭の奥に咲く梅を見つめながら、そう思った。






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