劣情烈火

大切な方を失ったと知りました。
愛しい方を亡くしたと伝え聞きました。

なくしたものの代わりなど、在るはずもありません。
そのようなものに、なりたいとも思いません。

ああ、この胸の、
密かな望みがかなうなら、

私は、風になって、
貴方の荒野に、種を運びましょう。
たとえ今は凍て付く季節でも、やがて芽吹く日もあるでしょう。
花が咲けば、そこは地となりましょう。対なす其れは、空となりましょう。
空が出来れば、星も顔を出せましょう。それが、貴方を慰めましょう。

私は、貴方がなくしてしまったもの達の、その痛みすら知らないのです。
だから、なりたくないと、そう言うしかないのです。

貴方の、その細い悲しい指の隙間から、零れ落ちてしまった何か。
そのたった一粒に、なれない私。

貴方に触れたい。ただ、それだけの劣情。
見詰めるだけの、熱い停滞。
考えることに、もううんざりです。
貴方の存在が、どうしようもありません。

だから私は風になって、
悲しい頬を撫でましょう。
貴方が泣けぬというのなら、代わりに私が泣きましょう。
貴方が笑えぬというのなら、私が独り笑いましょう。

いつか、この両の手で、貴方の肩を抱きましょう。
そっと、膝を貸しましょう。
そして、二人で空を見ましょう。星の海を眺めましょう。

なくしたものが、行く先で、
万の星の煌めきの、
その一滴を受け取って、
二人でそれを愛でましょう。

失われてしまった、なれない何かに、
焦がれる想いは罪ですか。
それでも私は、
貴方を、もう独りになんかさせない。

焼け付く記憶の一片の、ありふれた一瞬の連続。
そんな刹那になれるのならば、
もうそれだけで、馬鹿馬鹿しいほど幸せ。
だから私は、

今日も、明日も、明後日も、
何処に居ても、何をしていても、

貴方を包む風になって、
髪を揺らして、
その唇を、瞳を、腕を、
孤独な心を、
もう誰にも向けられない微笑を、 抱きしめて、
そんな風になって

ああ、この胸に秘めたる望みが、
いつかかなうことを。
貴方の過去になれないのなら、
貴方の未来を、私にください。






To the Postscript→


designed by {neut}