終幕、微笑

閃光が背中からやってきたような衝撃。
答えるように髪が宙を舞って、あっけないほど青い空に柔らかい亀裂を描く。
白濁する視界が輝いて 何もかもが綺麗に見える。
冷えていくあたしの体 比例して熱く感じる涙。
溢れているのは、あたしの命。

馬鹿ね 貴方たち 何故そんな顔してるの。
極上の結末 これ以上の幸福はないというのに。
お願い
あたしを、哀れまないで。


 

(この男が、ねえ・・・)

初めてその男を見た時、正直失望した。
名前は知っている。おそらく終始時代の影に徹した、その横に居る赤毛の男よりよっぽど悪名高い。どんな豪傑がやってくるのかと、期待していたのだが。

『俺に似た男がいる。』

愛した男はそう言った。どこがと聞くと、心根がと言っておもしろそうに笑った。
それで、少し興味はあったのだ。
が、似ても似つかない。意外なほど、印象に残らない。確かに其処にいるはずなのに、気配の影すら残さないような、そんな薄気味悪さが鼻につく。恋い慕った主の、燃えるような野心の片鱗すらない。なんなの、この男。

その日の閨で、どうだ似ていただろう、と問われたので、思うままに答えた。

『つまらない男。あたしはもっと熱い男がいいわ。』

すると、主は煙管を斜に構えて、

 
  『おや、天下の由美姐さんも、男心には疎いようだ。
 ああいう男は、案外情が濃いものさ。
 なあ、俺が、そうだろう。』

 
そう言って、あたしを抱いた。




この体が、焦がれる男の刃を受け入れたとき、
あの男の顔だけが、何の表情も示さなかった。

憐憫も、怒りも、驚きすら見せない。眉すら動かしはしない。
硝子のような澄んだ瞳で、静かにあたしを眺めただけ。
己の背を受け止めた愛しい主も、
きっと同じ顔をしているに違いない。


『ああいう男は 案外情が濃いものさ
 なあ、俺が、そうだろう』


そうね、今なら解かる。とってもよく似ているわね。
だってどんな悲惨な光景も、
世間様の物差しも、ここでは全く関係の無いもので
だから他の男達のように、あたしを哀れまず、貶めない。
ただ黙って、あるがままに
あたしの結末を受け入れることができるのよ。



あたしは今、最高に幸せ。
それを解かるのは、本当に優しい人だけね。

そして優しい人は、きっと天国には行けないわ。
そこは正しい人たちが行くところ。優しい人は行けないのよ。
だって正しい人たちは、優しくは無いものね。
清くて美しくて、あたしを勝手に哀れんで、そんな無情な人たちなのよ。

でももうそれも どうでもいいこと
大切なのは終幕の舞台に 愛した人と在れること
その人の温もりを手に 現を終わりにできること
それにもう直ぐ
何もかもが曖昧な所へ あたしは行くのだから

幸せだけが在る地へ

さよなら、優しい男たち
さよなら、正しい男たち
さよなら、悲しい男たち


あたしを 哀れまないで
幸せなままのあたしで、


逝かせて





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