「栗、はどうでしょう。」
「確かに。」
「意外な感じが致しますものね。案外、いろんな用途がありますし。便利ですわよ。」
「俺は、あまり得意ではないが。」

栗きんとんやら栗きんつばを思い出して斎藤がそう呟くと、栗おこわはお好きでしょ、とさらりと時尾に返される。

見ていないようで、見ている。知らないようで、知っている。裏をかけない悔しさは、それでいて愛おしい。奇妙なその感覚は今日始まったことではないので、観念して黙って杯を横へ差し出すと、阿吽の呼吸でそれは芳醇な液体で満たされた。

「あなたの番ですよ。」

そう促されて、斎藤は黙って考える。それを横目で時尾がくすくすと笑いながら眺める。

秋深まりし霜月の、至って平凡な宵。二人は何時もの場所で、庭の小さな紅葉の木を愛でながら酒を呑んでいる。越してきた年に植えたそれは、今年も真っ赤にその葉を染めていた。中天に掛かるは、白く霞む満月。少し雲がかかって輪郭があやふやになってしまっているのが、それもまた趣があってなかなか見事だ。

話のきっかけは、その日の酒肴だった。うるかと呼ばれる苦味のあるそれは、癖は若干あるものの、藤田家では秋になると必ず食膳に上がる季節の定番だった。それを、斎藤がふと問うたのだ。この"うるか"とは、いったいどうやって作るものなのか、と。そしてそれに時尾が「鮎の臓物を塩漬けにすると聞いていますけど」と答え、その話の流れから、鮎だけでは飽き足らず、鮎のはらわたまで食そうとした人間がいたということに二人は思い至った。
考えてみればと、此れは喰えるのかと懸念する外観を持つものが、意外に美味いのだ。
先人のその、些か無謀に思えるその挑戦が今日の酒を旨くする。有り難いことだと言いながら、二人は思いつくままに食べられそうに無い見てくれの食材を、交互に列挙する。

「・・・蟹など、どうだ。」
「そうですわね・・・。確かに、外見から中身の甘さは想像が付きませんわ。」
「全く。」
「そうすると、海老なども。」
「お前は好きだな。」
「貴方だって、お嫌いではないでしょう。」

蛸、海鼠、白子、苦瓜、石榴。詰まる所、珍味こそ美味なのだ、と二人だけの真理に至り、互いに納得しながら秋の夕べを味わう。 差しつ差されつしているうちに、銚子が全て空いてしまった。

「今度は燗をつけましょうね。」

時尾がそう言いながら、酔いの欠片も見せずにするりと立ち上がる。
すると、翻した身に添うように流れた白い指先を、斎藤がやんわりと捕らえて呟いた。

「俺の好物も、」

捕まえたその指に自身の五指をゆっくりと絡め、、半身に月光を背負う妻の白貌に告げる。

「隙が無くて、偶に困る。」

一瞬、妻は感情が飛んでしまったような顔をしたが、くすりと笑って答えた。軽く小首を傾げてみせる。

「それは・・・珍味、と仰りたいので?」

さわり、と空気が揺れた。肌を冷やすはずの秋風は、互いの身の内の焔を静かに燃え上がらせる。
絡めた指先に、薄い唇を軽く寄せて斎藤が伏し目がちに言った。

「美味だ、と言っている。」
「そのような中身の解らぬ恐ろしげなものを、好んでお召しになるなんて。勇気がおありなのですね。」
「妻殿ほどではない。」

その言葉の真意を取った時尾がふふ、と軽く息を漏らし、絡めた指をそのままに斎藤の唇を軽く撫でた。

「私の好物は、見た目も中身も大変甘うございましたよ。」

静かにそう告げて絡めた指を解いた妻は、見上げた夫に謎めいた微笑みを残して奥へと消えていった。


秋深まりし霜月の、至って平凡な宵。
深紅の紅葉が。その指が。この身を炎で焼き尽くす。

「女は、怖いな。」

だから、堪らないのだ。
斎藤は、霞む月にそう独白し、最後の杯を干した。






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